阪神・淡路大震災から30年・・・時間は遠くなるも、思いは「もう」という感じ

一般

1995年1月17日(火曜日)、
朝の5時46分に発生した大地震は
後に「阪神・淡路大震災」と名付けられましたが
それから30年という年月が経ちました。

30年が経った
この時刻に、記事のための写真を撮ったために
1分間ほど遅れましたが、昨年同様に
手を合わせて黙祷しました。

何か30年という、区切りみたいな
言い方ではありますけれど、
実際に被害に遭われた方々には、そんなの関係なく
毎年この時期が来れば、思い出されることと思います・・・ 

筆者がいるのは今も神奈川県ですが、出勤のために
当日は午前7時頃に起きて
テレビのニュースをみながら朝食をとっていました。
この時、関西地方で大きな地震があったらしい・・・
という報道しかなかったと記憶しています。

そして、会社の昼休みになってから、
現地の惨状を初めてテレビで知ったと思います。

それからは連日、阪神・淡路大震災に関しての
ニュースが報じられる中、ガス協会から
現地への応援が会社にも割り当てられ、
まるで戦地へでも行かされるがごとく、
社内で話題になっておりました。

各会社の規模から、当時、筆者が
勤務していた会社へは2人ずつ2週間の
現地赴任が割り当てられ、
初回(第一次)の赴任には、自衛隊あがりのような
人物がすぐに1人決まり、行かされました・・・
でも、もう1人が決まらず、
みんな行きたくないと、本社の部長から
電話がかかって来ても断っていたようですが・・・ 

筆者は、その前年(1994年)の9月に、中途入社で
ガス関連の会社に転職したばかりで、この時は
社内でも一番新しく入社した立場でした。

他の記事で既に書かせてもらっているので
話は飛びますが、
当時の大阪ガスの社員寮(今津)を職場に、
大阪の心斎橋のホテルから
毎日通っていました。
まだ20代ですから、気の利かない面も
多々あったものの、今でも色々と考えさせられる
ことのある被災地の現場で働かせていただいたのは
今になって思えば、良き経験でもありました。

あれから、もう30年経つとは、
時の流れを感じますが、思いは今も変わりません。
当時、現地での辛い場面、辛い心の様子にも遭遇して
思いを巡らしました・・・が、ここで
ひとつだけ書かせていただくと、
「それは本当に経験、体験した人でないと理解できない」
ということです。

よく言われる例えとして、
「病気をしたことのない健康な若者には、
病気になった人の苦しみをわからない」
というような事と同じで、
この世での体験や経験が、その人自身の
「引き出し」になっている訳です。

つまり、「犬を飼ったことのない人物」に
「犬の飼育の相談」をしても、犬を飼った経験が無い
訳ですから、アドバイスすることも出来ず、
実際に飼っていて、何かで困っている人の気持ちも
十分に理解することが出来ないのと同じです。

結局、人生の中での経験は、
人間的な成長のための財産になり、
世の中では特に「負」と言われるような
出来事を沢山経験すると、
色んな立場の人への理解も深まり、人間的に
円熟したような人物になると思います。
もちろん、誰も「負」は経験したくないでしょう(苦笑)

筆者は、当時勤務していた会社から、
仕事として現地に赴任させられた立場ですが、

赴任させられるということは、
毎日一緒にいる家族とは引き離され、
まだ頻繁にあった余震という危険に身をさらし、
現場は埃も舞う中で環境も悪く、
みんな疲れで風邪も蔓延し、
食事は質素で、美味しくない、毎回同じの
配給弁当を食べながらの激務、

一週間を超えても休みなし、
心斎橋のホテルに寝に帰っても、
同業他社の知らない人たちとの相部屋で
みんなの布団同士が少しずつ重なった
狭い状態で寝る居心地の悪さ、
そして、それでも安い賃金・・・ 

まだ20代の筆者には、
結構苦痛な体験でしたけれど
そのような経験は、後に色んな意味での
財産になりました。
筆者と同じく、会社命令で赴任させられた方、
そしてボランティアで現場活動される方達のことも
多少でもリアルに理解できることに
繋がっていると感じます(笑)

癒えない心の傷を抱えていらっしゃる被災地の方々に
少しでも多くの「心の平安」がもたらされますよう
真に願っております・・・ 

© 2025 磯崎英隆 (Hidetaka Isozaki)

朝日新聞 2025年1月17日の朝刊、1面部分(記事と写真に著作権保護でモザイクを入れています)
と、時刻になった電波時計です。一番上の写真も同じです。

過去の記事です・・・

阪神・淡路大震災(1995年1月17日)を忘れない(1)・・・成り行き編
https://gloomy-sunday.com/archives/564

阪神・淡路大震災(1995年1月17日)を忘れない(2)・・・現地編
https://gloomy-sunday.com/archives/829

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